【有機化学構造決定問題の解き方】 2022年 神戸大学 化学 Ⅲ
有機化学の構造決定問題の解答実演をやってみたいと思います。
今回取り上げるのは2022年 神戸大学 化学のⅢの問題です。
少し長いですが問題文を下記に掲載します。
有機化学構造決定問題
2022年 神戸大学 化学 Ⅲ
分子式C11H12O2で表されるエステルを,水酸化ナトリウム水溶液中で加水分解(けん化)したのち中和すると,カルボン酸と化合物Aが生成した。(a)生成したカルボン酸には二つの構造異性体が含まれており,いずれの構造にも不斉炭素原子があった。また,化合物Aを塩化鉄(Ⅲ)水溶液に加えると紫色に呈色した。
化合物Aは次に示す実験1で合成できた。
実験1:アニリンの希塩酸溶液を氷冷しながら,亜硝酸ナトリウム水溶液を加えると,化合物Bが生成した。低温(0~5℃)で安定に存在した化合物Bは,温度が5℃以上に上がると加水分解して,化合物Aと気体分子Cと塩酸を生じた。
化合物Aは次に示す実験2でも合成できた。
実験2:クメン(イソプロピルベンゼン)を酸素で酸化すると化合物Dが生成し,化合物Dを硫酸で分解すると,化合物Aと化合物Eが生成した。
化合物Aは実験Ⅰで生成した化合物Bと反応し,次に示す実験3で色素を生成した。
実験3:化合物Aの水酸化ナトリウム水溶液に化合物Bの水溶液を加えると,橙赤色の化合物Fが生成した。
問1 化合物Bと気体分子Cの物質名を書きなさい。
問2 実験1において,化合物Bが生成する反応名を書きなさい。
問3 化合物Dの構造式を示しなさい。
問4 化合物Eの物質名を書きなさい。
問5 化合物Fの構造式を示しなさい。
問6 下線部(a)の記述に該当する二つのカルボン酸の構造式をそれぞれ示しなさい。なお、不斉炭素原子には*印をつけなさい。
それでは問題解答の実況に行きます。この問題は有機化学の構造決定問題でよく見られるようなA~Fは何かという問題です。
化合物Aについては実験1、2、3の3パターンで示してくれています。ですので例えば、実験1でわからなくても他の実験で分かれば解答を続行することができるという、とても親切な問題設定です。
実験1、2、3で示される反応はどれも基本で重要なものですので、すべて覚えておかなければなりません。
問1 化合物Bと気体分子Cの物質名を書きなさい。
問2 実験1において,化合物Bが生成する反応名を書きなさい。
問1、2は実験1から解答できます。実験1の内容は化学の教科書に記載されています。実験1が理解できないようだと教科書が理解できていないということになります。この問題はサービス問題です。
実験1のポイントは、①塩化ベンゼンジアゾニウムのジアゾ化という合成方法であること、②塩化ベンゼンジアゾニウムは低温で安定で、温度が上がるとフェノールと窒素に分解すること、です。
この問題では問われていませんが、塩化ベンゼンジアゾニウムの構造式は覚えておく必要があります。
この問いでは物質名を聞かれているので、答えは、
化合物B: 塩化ベンゼンジアゾニウム
気体分子C: 窒素
反応名: ジアゾ化
です。
問3 化合物Dの構造式を示しなさい。
問4 化合物Eの物質名を書きなさい。
問3、4も単なる知識問題です。実験2のポイントを覚えていないと答えられません。
実験2のポイントを反応式で示すと下記のようになります。
クメンを酸化するとベンゼン環に結合している炭素原子と水素原子の間に酸素が2個が入った構造のもの(クメンヒドロペルオキシド)ができます。
クメンヒドロペルオキシドが分解するとフェノール(化合物A)とアセトン(化合物E)ができます。
答えは
化合物Dの構造式: 上記の図中のクメンヒドロキシペルオキシドの構造
化合物Eの物質名: アセトン
問5 化合物Fの構造式を示しなさい。
実験3から解答します。これも教科書に書いてある内容です。
実験3の反応を示すと下記のようになります。この反応は「カップリング」と呼ばれるものです。
答えは上記の反応式中のp-ヒドロキシアゾベンゼン(p-フェニルアゾフェノール)です。
問6 下線部(a)の記述に該当する二つのカルボン酸の構造式をそれぞれ示しなさい。なお、不斉炭素原子には*印をつけなさい。
問1~5は教科書レベルの知識問題でしたが問6は考察問題です。
分子式C11H12O2で表されるエステルを加水分解するとカルボン酸と化合物Aが生成します。化合物Aは上記で述べたようにフェノール(C6H6O)です。
エステル結合の加水分解とは、エステル結合-COO-にH2Oが反応し、-COOHと-OHに分解することです。
エステル結合が一つあるとして反応式を書き、カルボン酸の分子式を求めます。
C11H12O2 + H2O → カルボン酸 + C6H6O
この反応式の意味は、C11H12O2にH2O を足すとカルボン酸と C6H6Oが生成する、です。
左辺と右辺のC、H、Oの数は等しいので、カルボン酸のCは11-6=5個、Hは12+2-6=8個、Oは2+1-1=2個です。したがってカルボン酸の分子式はC5H8O2です。
さらにカルボン酸の条件を見ると、①二つの構造異性体がある、②いずれの構造異性体にも不斉炭素原子がある、です。
酸素が2個であることからカルボキシ基(-COOH)は1個であることがわかります。
求める構造に関する情報を得るために、カルボン酸C5H8O2の不飽和度(水素不足指数)を計算します。不飽和度(水素不足指数)がわからなければ「有機化合物の不飽和度の求め方」を見てください。
不飽和度を計算すると(5 × 2 + 2 - 8) ÷ 2 = 2 となります。一つはカルボキシ基の-COOHにある二重結合によるものです。もう一つは何かがポイントです。
ここまででわかった内容から構造式を求めていきます。
まず、二つの構造異性体がある、とのことですが、構造異性体とは何かを間違えると解答できません。
異性体には、構造異性体と立体異性体があります。立体異性体はさらに幾何異性体と光学異性体に分類されます。
カルボキシ基以外に不飽和が1つある=二重結合が一つありそうだということと、二つの異性体と書いてあるのを見て、シス、トランスの幾何異性体で二つの異性体と勘違いしてはいけません。
問題文の条件では異性体があるのは構造異性体であって、幾何異性体があるとは書いてありません。
構造異性体は分子式が同じであるけれど原子の並び方が異なる異性体です。
まず不飽和の条件から二重結合が一つあるとして考えてみます。
Cの数は全部で5個です。したがって、>C=C<、-COOH、残りの2個のCのパーツを使用して不斉炭素原子を持つ構造を求めます。
不斉炭素原子とはCの4本の手すべてに異なる原子または原子団が結合しているものです。
そこで、Cに>C=C<、-COOH、-CH3、-Hが結合している構造を考え、Cの余っている手に対してHを補うと条件に合う構造が出来上がります。
二重結合が一つある構造では問題文の条件に合うものは一つしかできません。
そこで次は環状構造があるものを考えます。この場合はカルボキシ基(-COOH)を除いた4個のCでできる環状構造を考えてみます。
そうすると、次の(a)、(b)、(c)の構造が考えられますが、不斉炭素原子をもつものは(a)のみです。尚、(a)には不斉炭素原子が2個あります。*印を2か所つける必要があります。
問6の答えは二重結合がある構造と環状構造があるものの2つです。
尚、環状構造中の炭素原子が不斉炭素原子か否かを判断する方法は次の通りです。
1.対象としている炭素原子の環状を形成している2本の手について右回り、左回りそれぞれで結合している原子、原子団の並びを順番に見ていき、右回りと左回りで並び方が異なってれば環状を形成する2本の手は異なる原子団が結合しているとする
2.さらに、環状を形成していない残りの2本の手に結合する原子または原子団が同じかどうかを調べる
3.右回り、左回りで並び方が異なり、環状を形成していない残り2本の手に異なる原子または原子団が結合していれば4本の手とも異なるものが結合しているので、不斉炭素原子となります。
例えば、上記の図(c)について見ると、カルボキシ基が結合している炭素は、環状構造を形成していない2本の手には-Hと-COOHという異なるものが結合しているため、不斉炭素原子の可能性があります。しかし、環状構造を見ると右回り、左回りとも-CH2、-CH2、-CH2となりどちらも同じになるので不斉炭素原子ではないと判断されます。
それ以外の環状構造中のCにはHが2個、すなわち同じものが2個結合しているため、右回り、左回りの並びを検討するまでもなく、この時点で不斉炭素原子ではないと判断されます。
2022年 神戸大学 化学 Ⅲの問題は、問1~5は教科書レベルの非常に基本的な問題なのですぐに解答できなければなりません。
問6は二重結合と環状構造の二つを考えるところがポイントでした。
難関大学の有機化学の構造決定問題の最後の問題は環状構造を答えるものが多いような気がします。環状構造を忘れずに検討するようにしましょう。
<終わり>